タイマッサージの心理面での治療効果
日本タイマッサージ協会名誉会長ソンバット・タパンヤ心理学博士は、チェンマイ大学で心理学の教鞭を執るかたわら、タイマッサージの心理学的効果に着目し、各国でタイマッサージのワークショップを開催されていました。現在は引退されて、自宅道場で合気道を教えています。ソンバット先生の講義内容は、心理学の面から「なぜタイマッサージが世界一気持ち良いマッサージと言われているのか」、「なぜリラックスする深さが他のマッサージと比べ格段に違うのか」、また、「なぜタイマッサージは受ける側もする側もリラックスできるのか」、そして、「なぜタイマッサージを行う時、あれほど相手との体の密着度が高いのか」を理解する上で、大きな手がかりとなるでしょう。
触れること(タッチング)の必要性
タッチングは非常に大切なことです。もし私たちがタッチングをしなかったとしたら、「私たちは生きていくことはできない」とまで言えるほど重要です。何年も前に、ヨーロッパの王が「人間にとって最初の会話の道具は何か」ということを知るために、ある実験をしました。その実験とは、赤ちゃんの世話をする人が、ミルクや水など赤ちゃんが生きるために必要なものは全て与えるが、赤ちゃんに対して触れることを全くしないで面倒を見ることだったのです。王は、その赤ちゃんが初めに何を話し出してくるのかを待っていたのですが、結局赤ちゃんは何も話さずに死んでしまったそうです。
私たちはこの話を、「赤ちゃんは、十分なタッチングがなされなかったために生きることができなかった」と説明することができます。赤ちゃんは「触れること」なしでは生きていけなかったのです。つまり、人間にとって「最初の会話の道具」とは、触れること:タッチングだったわけです。孤児院の赤ちゃんたちにも同じことが言えます。彼らは、両親に愛されたり、両親と触れあったりすることが極端に少ないため、成長速度が遅いケースがあるのです。また、早産の赤ちゃんについても、同じことが言えます。早産の赤ちゃんは、小さな保育器に入れられ、両親は触れることで赤ちゃんが病気になることを恐れるため、両親からのタッチングが極端に少ない状況になります。そのため赤ちゃんは、体重がなかなか増えないケースもあるのです。
私たちの皮フは、体の中で一番大きな感覚器官です。皮フは体表面のどこにでもあり、「感覚器官の母」とも言われています。胎児が子宮の中にいる時には、目や口や鼻や耳などの感覚器官を使う以前に、母との皮フ接触だけで生きています。つまり、胎児にとって最初の感覚機能は、「触れること」だと言えるでしょう。そのため、私たちには、触れること、触れられることが必要不可欠なことと言えます。もし子供の頃、触れ合う機会が少な過ぎると「タッチングへの飢え」が生じ、触れ合うことに非常に飢えた、異常な精神状態になってしまうこともあるのです。
子宮(ウーム)から墓場(トゥーム)まで
私たちが生まれる前は、お腹の中で母親の動きを感じながら育っています。その時の感覚の記憶が、ゆりかごやブランコ、そしてロッキングチェアーやハンモックを気持ち良いと感じる理由になっています。
また、子宮中では、母の呼吸がやさしいマッサージとなっていますし、母親の心臓の鼓動も良い響きの刺激となっているのです。このように私たちは子宮の中で、様々な刺激と触れ合うことにより、安心感を得ています。
私たちが寂しい時や悲しい時に、自分自身で膝を抱えて揺らしたり、抱きしめられて揺すられたりすることで安心感が得る理由はそこにあるのです。つまり、「触れ合うという動作には、癒す力がある」と言えるのではないでしょうか。
出産の時、私たちが通る産道も、マッサージの役割をしています。馬や牛の出産はとても早いのですが、その後母親が赤ちゃんの全身を舐めることで、マッサージの代わりをしています。もし母親が死んだら、動物の赤ちゃんはミルクだけでは生きていけません。そのために綿の布などを使い、皮膚をこすることで母親の代理をするケースがあるのです。タッチングはそれほど大切なことなのです。
様々な国で、出産後に赤ちゃんを布で巻いて育てる習慣があります。その行為は無意識に子宮内を再現し、母親が右利きか左利きかには関係なく、左手で抱えるケースが多いのです。その理由は、赤ちゃんに自分の心臓の鼓動が聞かせ、子宮内にいた時のことを思い出させることで、無意識に安心感を与えているのです。
通常、赤ちゃんを眠らせる時には、ゆりかごのように揺らして眠らせようとします。アメリカでは、赤ちゃんを乳母車に乗せることが多く、タッチングが少ないと言えるでしょう。タイでは赤ちゃんを背中や胸に抱えることが多く、母親と良くタッチングしていると言えます。アメリカでは、赤ちゃん専用の部屋があることが多いのですが、タイではほとんど同じ部屋で育てます。
早産の子供は両親からのタッチングが少ないので、それを補うために医師達は子供にマッサージを施します。マッサージには、成長が早くなり、病気に罹りにくい体質をつくる効果があることを医師達は経験的に知っているのです。
心理学的な面から見ると、早産の子供たちは、両親からのタッチングが少ないため、逆に親に対して甘える気持ちも少ないと言えます。親にとって子供からの甘えが少ないと、親の方も子供達を無視する傾向になってしまうのです。そして、子供達が大きくなった時、人間関係に問題を生じさせてしまう結果となるのです。
幼児は触れあうことが好きです。抱き合うことや、寄り添うことも大好きです。幼児にとって人気のあるテディベアーなどの柔らかいおもちゃは、抱きしめることで得られる安心感を目的として好かれているのでしょう。また、犬や猫も同様の理由でかわいがられるわけです。
私たちが誰かを愛した時、その人といつも一緒にいて触れあっていたいと思うし、正常な性的状態には必ずタッチングが存在します。チームスポーツであるサッカーや野球で、得点を取った時にお互い抱き合うことは、「喜びの表現をするためにもタッチングが必要」と言えるでしょう。
タイでも日本でも、世界中どこでもマッサージの看板はあります。その理由は、私たちが触れあうことを求めているからだと言えるのではないでしょうか。特に現代社会に生きざるをえない私たちにとって、プライバシーが尊重される代わりに、孤独感や孤立感が増し、マッサージの需要はより高まる傾向にあるわけです。
一般的にお年寄りは孤独なことが多く、触れ合うことを必要としています。触れ合う機会が少ないと、私たちは他のものに触れることで満足しようとします。その気持ちが時には犬や猫を触りたい気持ちにつながるのです。これがアニマルセラピーの原点です。お年寄りにとってマッサージは、非常に重要で大切なものと言えます。つまり、マッサージは私たちにとって、子宮(ウーム)から墓場(トゥーム)まで、必要不可欠なものと言えるのではないでしょうか。
皮フから心、そして魂まで
マッサージを受けている時、皮フを通して体を触れられるということは、自分自身の存在の確認にもなります。つまり、もし誰かがあなたに触れている時、「自分はここにいるのだ」と言うことを皮フを通して再確認できるわけです。心理学の専門家が、家族に対しても、友人に対しても、もっとお互いに触れ合うようにとアドバイスすることがあります。触れられることで、「自分の存在が価値あるものだ」と思うことができるし、「自分の存在に意味ある」と認識できるのです。もし、私たちが寝ていて、誰かがマッサージをしてくれる時は、私たちが「自分自身のことを大切なもの」と認識できるきっかけになるのです。また、誰かにマッサージをして、相手の体に触れるということは、「自分が相手に対し気配りをしている」、又は「相手に対して、同情や哀れみの気持ちを持っている」という気持ちを表現していることにもなります。またお互いに触れあうことは、「お互いの親密さや親交を深めること」につながるのです。つまり、触れ合うことは、皮フを通してお互いの存在を再確認し、魂にまで影響を及ぼすことができるのです。
マッサージの心理学的効果
- マッサージは、不安や心配、憂鬱な気分を和らげてくれる。
- マッサージは、両親と子供の間の絆や愛着心を増してくれる。
- 子供達が「自分たちは愛されていること」を認識できる。
- 「自分自身に価値があること」をより確信できる。
- 若年の攻撃的行動や暴力的な行動を減らすことができる。
呼吸について
マッサージをする時は、リラックスな状態で相手に集中することで、相手の心の状態(幸せ、悲しみ、不安)を感じとることができます。その時は、相手の心と自分の心が触れ合っている状態で、「マッサージが非常にうまくいっている状態」と言えます。
また、マッサージを行っている時は、他のことは考えないようにします。例えばこのマッサージはいくらになるのかとか、相手が自分のことを好きかどうかなど考えずに、ただ、今現在に焦点を当てて、マッサージに専念することが大切です。
そして、マッサージをする時は、自分の呼吸と相手の呼吸に意識を向けることも大切です。もし、あなたに心配事があったり、施術に関しての不安があると、あなたの呼吸は、腹式ではなく胸式呼吸となり、横隔膜を使っての呼吸はできなくなっています。その結果、自律神経の交感神経が優位となり、緊張状態となってしまうのです。そういう時でも、ゆっくりと横隔膜を使って、意識的に腹式呼吸に切り替えると、徐々に副交感神経が優位となり、リラックスした気持ちを得ることができます。また、押す時は息を吐くことに集中し、誰かに押される時でも、息を吐くことに集中すると良い意識状態を保つことができます。もし、相手が息を吸っている時に押した場合は、筋肉が緊張した時に押すこととなり、そこには抵抗が生じます。そのため相手と呼吸を合わせて、調和をもって押すことが大切なのです。しかし、必ず動作に合わせて呼吸を合わせる必要もなく、自然と呼吸が合うように、調和していく感じが一番良いのです。
釈尊が悟りを得た時の呼吸を「アナパーナサティ」といい、その意味は、「吐く息と吸う息に気づきを持つ」と言うことです。釈尊は、「ゆっくりと長く吐くことに集中した呼吸」を意識し、脳を完全にリラックスした状態で瞑想に入ったと言われています。この呼吸法をマッサージする時、お互いに心がけると、副交感神経のリラックス効果により、お互いが瞑想状態に近づくことができるのです。これこそが仏教の教えを根底に持つタイマッサージの醍醐味であり、極意と言えるのではないでしょうか。(以上BAB出版「タイマッサージバイブル」より抜粋)
幸福ホルモン「セロトニン」とタイマッサージ
脳内には、神経細胞(ニューロン)間の情報を伝える伝達物質が100種類あるといわれています。そして働きが確認されているのが25種類で、その中で今注目を浴びているのがセロトニンです。セロトニンは、90%が小腸で産生されます。その作用は、気分・感情・痛み・食欲などのコントロールと消化機能・体温調節などの生体機能全般、そして睡眠などにも関与しています。
最近の研究では、セロトニンが不足するとうつ病になりやすいことが分かってきました。そのため、うつ病の新薬のほとんどが、セロトニンの量を増やすものなのです。セロトニンが増えると精神・肉体共にポジティブとなり、ストレスにも強く、精神が安定し、質の高い睡眠が期待できるのです。また、セロトニンは、怒りのコントロールにも関係するので、セロトニンの量が低下すると、怒りっぽくなるのです。
セロトニンは、小腸で産生されますが、太陽をちゃんと浴びたり、ウォーキングやリズムにのった運動をすることでも増えていきます。
そして、セロトニンは、笑ったり、小さな感動をすることで、脳内でも出ることが分かってきました。だから、うつ病でない以上、薬を飲む必要はないわけで、むしろ発想を転換して、自分でセロトニンが出るような生き方をすればいいわけです。
セロトニンは、トリプトファンという必須アミノ酸から作られます。トリプトファンは、赤身の魚やチーズ、豆類、肉類、豆乳、穀類に含まれています。また、トリプトファンは、炭水化物と一緒に摂ると脳内に届きやすくなるのです。
そして、セロトニンを増やすためには、副交感神経が優位になることが必要です。働き盛りの人たちが、我慢して頑張ってばかりいると、交感神経が優位になり、セロトニンが出づらくなります。そればかりか血液の循環が悪くなり、脳卒中や心筋梗塞、脳血管性の認知症になりやすくなるのです。心と体は脳内でつながっているのですね。
タイマッサージをゆったりとした環境で受けると、副交感神経が優位になります。ということはタイマッサージを受けるだけでセロトニンが出やすくなるのです。こんなありがたい効果があるとは、さすがタイマッサージですね。
抱擁ホルモン「オキシトシン」とタイマッサージ
オキシトシンの働きの一つは、出産時に子宮を収縮させて、出産を促すことです。また出産後に、母乳の分泌を促すのもオキシトシンの働きです。その仕組みは、赤ちゃんがお母さんの乳首を吸うと、その刺激が脳に伝わりオキシトシンが分泌され、母乳の合成と分泌が促進するのです。しかし最近の研究では、女性だけでなく男性も年齢に関係なくオキシトシンが分泌されることがわかってきました。
つまり、母性愛という心の状態、男女間の信頼関係や愛情の深まり、愛撫や抱擁などの皮フ接触、そして子宮頚部への刺激でも分泌が促進されるのです。オキシトシンが十分に分泌されると、脳の疲れが癒され、気分が安定し、他人への信頼感が増し、幸せを感じやすくなります。そして、オキシトシンとセロトニンはお互いに関係が深く、オキシトシンの分泌が多くなるとセロトニン神経も活性化し、セロトニンも分泌されやすくなるのです。
また注目すべき点は、家族団らんの時、リラックスして感情を素直に表現している時にも、オキシトシンは分泌しやすくなります。つまり人間関係が上手く行っていて、気分良く生活して、親しい人と触れあっていれば十分分泌されるのです。動物同士が毛繕いなどでお互いの信頼関係を築く行為や、自分の舌やくちばしで毛繕いをする行為をグルーミングといいますが、このグルーミングにもオキシトシンの分泌を促進する効果があることがわかっています。現代は、パソコンやゲーム、インターネットが普及して、お互いに直接触れあうことが少なくなってきています。
タイマッサージをする時は、相手を愛おしく思い、体を接触させてマッサージをします。このスキンシップがグルーミング行為となるのです。
メールやライン、FBだけの連絡手段が多くなり、大家族がなくなり家庭内でも精神的に孤立することが多くなっている今、タイマッサージを受ける側だけでなく、相手に施すことでオキシトシンを増やしてみましょう。受ける側にも施す側にもメリットがあるとは、これもタイマッサージの優れた効果の一つですね。
(以上日本タイマッサージ協会出版「タイマッサージ入門」より抜粋)
タイマッサージの肉体面での治療効果
筋肉の柔軟性が増し、老化が防止できる。
私たちの体は、交感神経と副交感神経の2つの自律神経によって支配されています。自律神経は、血圧、脈拍、呼吸、体温、消化・吸収、免疫、ホルモンなどをコントロールしていて、強いストレスを感じると交感神経が優位になり、体は戦闘状態になります。その結果、血圧上昇、心拍数増加、筋肉硬直、呼吸数増加、内臓機能低下、免疫力低下、ホルモンのバランスの崩れなどが生じます。
タイマッサージにより筋肉のこりがほぐれると、自律神経は本来のバランスを取り戻し、副交感神経が優位になり、脳はリラックスし、筋肉も緩み、精神的にも肉体的にもリラックスすることができるのです。
呼吸が長く深くなり、半覚半眠の状態を体験できる。
私たちの体は、食べ物を消化吸収し、呼吸により酸化反応を続けて、エネルギーを得ています。この時、酸素が不足すると、体質が酸性化し病気にかかりやすい体になります。また、炭酸ガスの排出が充分でないと、神経の働きは鈍くなり、筋肉は硬化し、各臓器の働きも低下します。
タイマッサージでは、ストレッチをする側もされる側も吐く息が中心の長い呼吸になるため、体内に酸素が行き渡り、炭酸ガスも排出されるので、体質の酸性化を防ぐことができます。
また、この時の呼吸は、釈尊が悟りを開いた時の「アナパーナ・サティ」という呼吸法で、脳波は、アルファー波が多く瞑想状態となり、集中力が高まり良いインスピレーションを得ることもできるのです。
体の歪みがなくなり、神経痛、関節痛が解消される。
私たちの体は、左右・前後のバランスの悪いスポーツ(ゴルフ、野球、テニス、ボーリングなど)や不良姿勢(猫背、横座り、片側に鞄をかける)などで、筋肉の緊張に差が生じ、背骨や関節が歪みます。歪んだ体では、神経や血管が圧迫され、神経痛・血行障害・内臓の機能低下などが起こります。
タイマッサージには、左右の筋肉を対称的にほぐす手技と、骨盤、股関節、仙腸関節、腰椎、胸椎などを矯正する手技があるため、関節のズレがなくなり、体の前後左右のバランスも良くなり、神経や血管、リンパ管の圧迫がとれ、腰痛、神経痛、関節痛、血行障害、むくみ、内臓の機能低下などが解消されるのです。
慢性病に対しての施術効果と予防効果
私たちの体には、内臓に異常がある場合、その内蔵に対応した皮ふや筋肉が緊張する反射というシステムがあります。特に、背骨の両脇にある脊柱起立筋という筋肉には、反射部位が多く存在し、その反射部位の圧痛やこりを施術をすることにより、関連した内臓の機能を改善することができるのです。
タイマッサージで反射部位をほぐすと、各臓器に関係する様々な慢性病(頭痛、不眠症、めまい、花粉症、鼻づまり、耳鳴り、喘息、気管支炎、五十肩、心臓病、胃腸病、肝臓病など)の改善や予防に効果があり、それらの慢性病を未然に防ぐこともできるのです。
タイの保健省は、タイマッサージの治療効果に注目し、病院内の治療に応用する試みが行われています。その結果、腰痛、肩こり、生理痛、生理不順、喘息、高血圧症、冷え症、便秘、アレルギーなど数十種類の症状に効果があることが解明されました。
これだけの症状に効果があれば、たとえ自覚症状がなくても、多くの人がマッサージを受けに行く理由が理解できます。また、西洋医学では扱えない、予防医学的効果も大きな特徴で、定期的に受けることで、症状が悪化し大病になる前に、病気を治すことも可能なのです。
そしてタイマッサージを受けている時は、脳内はアルファー波で満たされ、半覚半眠の状態にあり、非常にリラックスした気分を味わうことができます。この精神を安定させ、心をリラックスさせる鎮静作用もタイマッサージの大きな特徴の一つといえるでしょう。
(以上BAB出版「タイマッサージ」より抜粋)