ルーシーダットンとは
ルーシーダットンの「ルーシー」とは仙人、「ダットン」とは体操をするという意味です。つまりルーシーダットンとは、仙人体操という意味になります。昔タイの地にはルーシーと呼ばれる出家者がおり、山や森で修業したり、瞑想をしたりして生活をしていました。彼らが長時間瞑想をしたり修行をしている最中に、体の節々がこったり、時には体調を崩すこともあり、そのこりや痛みを解消したり、体調を整えるために編み出されたのがルーシーダットンだといわれています。
ルーシーダットンの彫像
1788年、ラーマ1世はワットポーを修復し、ルーシーダットンの彫像を造らせました。この像は粘土で造られ表面も金箔で貼られていたため、とても壊れやすく、実際にどのぐらいの数が作られたのかは定かではありません。その後1836年、ラーマ3世はナロン・ハリラック(ラーマ1世の子供)の監督のもと亜鉛に錫、鉛を混ぜた「チン」と呼ばれる合金で、ルーシーダットンの像80体を造らせました。その際、各動作の効能を詩で説明した碑文も並べられました。詩の形で記述された碑文は、「国王が、詩を書き、石に刻み、壁に張りつけるようお命じになった」という言葉からはじまり、「この偉業の功績が、後世まで伝えられますように」という言葉で締めくくられています。
ラーマ5世の時代には、このような国家的財産を盗んで売る者もおり、1895年7月14日に起こった窃盗事件では、ルーシーダットンの像が16体も盗んだという証拠が残されています。現在ワットポーには24体の像しか残されていません。
ルーシーダットンの動作解析
ラーマ3世の時代、有名な詩人が「スィースパープ」という詩の形式に合わせて、それぞれの彫像の効能を記述しました。また、国王自身も6つの詩を書いているほか、王弟、王子、貴族、僧侶、庶民合わせて35人が80作の詩歌を作っています。そして、彫像と詩が完成した後、詩歌と共に挿し絵が付けられ、「サムットタイ」という本として編纂されました。
その後、ルーシーダットンの像があったワット・ポーの小亭は壊され、像もどこかに移されてしまい、像と詩歌が離れ離れになり、残されたのは詩のタイトルだけでした。本来あった彫像を目にすることができない今、復元されたものには詩歌と像が一致しないものもあり、各研究者が様々な角度でそれぞれの動作の解析を行っています。そのため研究者により、動作の分析や説明、そして名称や効果に違いが生じているのです。
ルーシーダットンのポーズ
タイの伝統医の中には、ルーシーダットンは「インドのヨーガを真似たものだ」という人もいます。しかし、ワットポーに伝わるルーシーダットンの80のポーズに内、中国人スタイルのものが1つ(名前がリーチェン)、西洋人スタイルのものが1つ(名前がヨーハン)あり、これらは外国のポーズだとはっきり明記されています。しかし、残りの78のポーズはタイのルーシー独自のポーズだということが教本の絵から確認できます。つまりルーシーダットンは、タイ独自の健康法だといえるのです。
ルーシーダットンの呼吸法
ルーシーダットンの呼吸の仕方について、本来の教本には明記されていません。しかし、仏教やヒンドゥー教の修行法でも呼吸法や瞑想法が重要な役割を占めるように、呼吸をコントロールすることは、精神を鍛える上で大切な要素となっています。そして、ルーシーダットンを行う際にも、呼吸をコントロールすることは、その効果を高めるための重要なカギとなるのです。そのため、「息を吸う時」、「息を止める時」、「息を吐く時」には一定の法則に従う必要があるのです。
一般的に、呼吸は「(1)息を吸い始める。(2)深く吸いきる。(3)少し呼吸を保つ。(4)息を吐き始める。(5)深く吐ききる。(6)少し呼吸を保つ。」の6段階で行われます。初めは、(1)と(2)を4秒、(3)を1~2秒、(4)(5)(6)を6~7秒ほどかけて行います。慣れてきたら徐々に時間を伸ばしていきます。
ルーシーダットンを行う時は、自分の体のどこが縮んで、どこが伸びているのかを感じながら行うことも、呼吸と同じくらい大切なことです。しかし、一番大切なことは、動作中に体内エネルギーの流れを感じ、どこに意識の集中があるかを確認しながら行うことです。
ルーシーダットンを行う時の注意事項
- 食後1時間以内は、行わないようにする。
- 練習中に出る、あくび・くしゃみ・せき・鼻水・涙・ゲップはしっかりと出し切る。
- 練習中は、無理をせず、他人と比較をしないで、自分が気持ち良いと感じる範囲で体を動かす。
- 二人で組んで行う場合は、相手に細心の注意を払いながら行う。
- 練習は、朝起きた時や日中、夜寝る前など、なるべく時間を決めて毎日行う。
ルーシーダットンの効果
- 全身の、特に足・腰の筋肉を強化し、バランス感覚を高める。
- 各関節を無理なく動かすため、関節の連動性が増し、関節の動きをスムースになる。
- 左右対称のストレッチ運動と筋力運動を行い、体の歪みを取る。
- 筋肉の収縮と伸展運動により、血液やリンパの流れを促進し、コリやむくみが解消される。
- 体内に蓄積された老廃物や毒素を排出される。
- 適度な運動で、筋肉量を増し、基礎代謝量を上げ、過度な痩身や過度な肥満を防ぐ。
- 全身に酸素が行き渡り、抵抗力や自己免疫力が増し、健康を促し寿命を延ばす。
- 姿勢が良くなり、疲れにくい体になる。
- イライラ、短気、煩悶、不安、意気消沈、眠気、ストレス、恐怖心などから解放される。
- ゆったりとした呼吸で行うため、呼吸が深く長くなり、深い瞑想の状態に入ることができる。
ルーシーダットンを行うことで、自分で病気の前ぶれを察知できるようになります。その理由は、体の各部のこりが取れ、感覚が鈍くなっていた神経が正常に働き、筋肉からの信号や各臓器からの異常信号が正確に脳に伝わるようになるからです。また、ルーシーダットンを行うことで、様々な症状を和らげることもできます。こりを取り歪みを正す効果が高いため、内臓の機能が高まり、病気を治すことも可能なのです。そして、ルーシーダットンとタイマッサージを組み合わせることで、病気の予防と治療効果をさらに高めることができるようになります。
ルーシーダットンとの出会い
私がルーシーダットンとはじめて出会ったのは、タイマッサージの勉強をしにバンコクに行った時です。タイマッサージの総本山といわれるワットポーというお寺にいった時、お寺の境内に不思議な形をした彫像がありました。その時は何気なくその像がタイマッサージと関係があるのだろうと思っていました。しかし、ワットポー・タイ伝統医学学校のプリーダ校長先生にその像のことを聞くと「それはルーシーダットンというものだ」と教えてくれました。その時からルーシーダットン探求の旅がはじまったのです。
ワットポーの初期のルーシーダットン
ワットポーを訪れた時、境内にあるタイマッサージの学校でルーシーダットンのビデオが売っているのを見つけました。そのビデオは、ワットポーに残されていた80種類の模写図をもとに作られたものでした。模写図には動作を考案したルーシーの名前とどんな症状に効果があるのかは書かれていましたが、動作の説明は書かれていませんでした。しかし、動作を推測した人たちの中にタイダンスの踊り手が多かったので、体操法というよりも踊りの要素が強くなってしまったのです。当然その体操法は、一般の人たちには受け入れられなかったようです。
ルーシーダットンの原画発見
ワットポーでは、ルーシーダットンの模写図の本とビデオは売っていましたが、模写図のもとになった原画はどこにも売っていませんでした。どうしてもルーシーダットンの原画を見たくなった私は、校長先生に「どこに行けば原画を目にすることができますか」と質問しました。校長先生は「バンコクの国立図書館に行けば見ることができるかもしれない」と教えてくれました。さっそくその足で国立図書館に行き、広いフロアーをくまなく探すと版画絵のような原画を80種類見つけることができたのです。その原画を見た校長先生は「これは原画に間違いない」と言われ、「昔は石板をロウソクの火であぶり、黒くなった表面を削って絵を描いたので、線が白黒反転しているのだ」と教えてくれました。そして、「その原画のコピーをコピーしたいので数日間貸してほしい」とも言われました。そのかわり、原画の英訳文を私にくれる約束をしてくれたのです。
ワットポーのルーシーダットン
2001年当時、ルーシーダットンはまだワットポーでは教えられていませんでした。プリーダ校長先生は、私が図書館でコピーをした原画から、それぞれの動作を推測され、ワットポースタイルのルーシーダットンの原型を作りあげたのです。
はじめの頃のルーシーダットンは、全部で10数種類の動作からできていました。次に私がワットポーを訪れた時、校長先生はその動作を私に教えてくれました。
2002年、ワットポーで毎週火曜日の朝、ルーシーダットンの実習がはじまりました。その頃には、動作も30種類くらいに増えていました。最初は校長先生がリードをして、朝8時から30分間、ワットポーで働く先生方を対象に行っていました。朝8時とはいえ、バンコクの気温はたっぷり汗をかくには十分な温度でした。ルーシーダットンの動作分析やその効能について、何回かに渡りプ
リーダ校長先生にインタビューした私は、タイマッサージの次に、ルーシーダットンも日本で紹介しようと思いました。そんな私に、校長先生は「日本で、タイマッサージ同様、ルーシーダットンを正しく指導し、広めて欲しい」とのアドバイスをしてくれました。
タイ保健省のルーシーダットン
2002年、チェンマイにあるTMCで、タイ保健省が提唱するルーシーダットンを習うことができました。TMCで習った時の感想で、息を吸いながら前屈をすることにとても抵抗を感じた私は、「なぜ呼吸が逆なのですか」と先生に伺いましたが、納得できる答えは返ってきませんでした。この「なぜ普通にストレッチする時と呼吸が逆なのか」に関しての問題は、後ほど説明することにします。
タイの保健省が提唱するスタイルは、女医ペンナパー・サップジャルーンが確認されている127種類の動作から、誰が行っても簡単にでき、危険性の非常に少ない動作を選んだものです。そのため、比較的体力がなくてもできる高齢者向け体操法といえるでしょう。また、動作が15種類と少ないために、初心者向けともいえます。
日本ルーシーダットン協会の初期のルーシーダットン
2002年、日本タイマッサージ協会の名誉会長であるソンバット・タパンヤ心理学博士は、ルーシーダットンの原画に書かれている動作説明文と保健省のペナパー女医が出版している2冊のルーシーダットンの本の翻訳を担当してくださり、各動作の細かい分析を行うことができました。原画の80の型と保健省の127の型を、ソンバット先生の解説で理解した私は、2002年9月23日に行われた「第3回武術と健康法の祭典」の健康法のコーナーで、日本ではじめてルーシーダットンを紹介しました。そして、翌年の2003年1月、日本ルーシーダットン協会が設立され、ルーシーダットンの講座がはじまったのです。
ルーシーダットンの先生方との出会い
2006年1月、ルーシーダットンをもう一度はじめから見直すため、ルーシーダットンを専門に教えている先生を捜しに再びタイを訪れました。そして、二人の先生と出会うことができました。一人目の先生は、ソンペット・コンウエート先生で
古くから伝わる80種類のルーシーダットンを教えていただきました。もう一人の先生は、アピンヤ・タブキン先生で、新しく認定された115種類のルーシーダットンを教えていただきました。
ルースィーとの出会い
ルーシーダットンの探求をはじめてから、何人ものタイ人に「今でもタイにルーシー(仙人)は存在するのですか」と聞きましたが、答えは決まって「もうルーシーはどこにもいませんよ」でした。しかし、同じ質問をソンペット先生にした時、「ルーシーならまだいますよ」との答えが返ってきたのです。その回答に私は耳を疑い、もう一度聞き返しました。回答は同じでした。そして、「明日ならルーシーに会いに、連れて行ってあげることができますよ」とまでおっしゃってくれたのです。
当日、私は半信半疑でソンペット先生と車で出かけました。ソンペット先生曰く、「そのルーシーは、以前、自分と一緒に山にこもり修行をしていたが、今では山を下り、ある場所で人々の悩みや相談事に答えるため修行を続けているのだ」と教えてくれました。
ルースィーとの出会い初めてあったルーシーの印象は、「本物のルーシーだ」でした。そのルーシーは、虎の毛皮の上に座り、ヒョウ柄の毛皮で体を覆い、髭と髪の毛はずいぶん伸びて、近づきがたい雰囲気をかもし出していました。面会を許された私はそのルーシーに、「ルーシーダットンを行うにあたり、一番大切なことは何ですか」と質問をしました。するとルーシーは「人間は4つのタート(要素)、つまり地のタート、水のタート、風のタート、火のタートからできているが、そのバランスを取ることが一番大切だ」と言われました。そして続けて、「次に大切なことは自分の精神と呼吸をコントロールすることだ。」と言われました。そして、「あなたのルーシーダットンはまだ練習が必要だが、コータマというルーシーが守護しているので、しっかりと練習を積めば、高いレベルまで技術を上げることができる」と言われました。最後に、「みんなを幸せにするルーシーダットンを広めなさい」とのアドバイスをいただいたのです。